自己複製系と意味

ある系の環境からの独立性は、環境の変化に対する安定性で測れます。例えば結晶の成長過程は、結晶がその環境から必要な物質を引っ張ってきて、単位格子が増殖している、とも見れます。しかし温度変化や不純物に敏感で、通常は自己複製系としては扱いません。*1

一方、明確な自己複製系として細胞があり、これはかなり安定、かと思いきや、単にある物質濃度が高いだけで複製が止まったりしますし、生命が結晶とどう違うのかはそんなに明白ではありません。

ここでは生命がなんであるかは脇に置いて、次の定義を満たすものを自己複製系と呼びます。

有限の空間的なパターンであって、環境変化に対して安定で、環境から内部で使用可能なエネルギーを取り出し、時間の経過によりそのパターンを複製するもの。

さて、問題なのは「環境変化」とか「安定」とか「複製する」とか「内部で用いることの出来る」、あたりだと思います。まず、「安定」と「複製」は、どちらもパターンが同一視出来るかに帰着されます。で、「使用可能」というのは、外部から「知ってる」形のエネルギーを取り込み、それで何か内部に変化が起きて、「知らない」形のエネルギーに変換されるという事です。(期待通りの形式で何かが入って、把握できないものが出ていくというのは、情報を捨てているわけです。つまり不可逆計算をしているとも言えます。)

これは一体どういうことでしょうか?私の好きな解釈は、自己複製系は意味境界を作る最小単位である、というものです。

そもそも複製されたパターンが同一であるというのは、その中で行なっている処理が同じであるということです。そして、事前の情報共有は通信の必須要件です。これがあれば環境を介した何らかのプロトコルに従って互いを認識することが可能です。*2

で、この解釈の美しいところは、その「情報」や「処理」がどんな形で物理にエンコードされているのか、それを知らなくてもいい、ということです。実際、知る術はありません。単にこの物質はあのシグナルなのかな〜と見立てることしかできません。*3

つまり、ある自己複製系は集団として、意味的に閉じた系であるという事です。

これが、もし量産された無線情報機器だとしましょう。もちろん、互いを認識できます。が、それは人間が決めたプロトコルに従っているのであって、人間は全てのレイヤーの詳細を知っています。だから、その機器には互いが本当に同質のものかはわからないのです。いや、同質であると「信じて」いるのですが、実際にはそうでないものを作れるという事です。

つまり、情報ではなく、情報の表現形式そのものを隠蔽することが、意味の境界をつくります。で、自己複製はそれを成し遂げる手段です。

安定性

さて、とりあえず自己複製系の定義をしたので、今度はその安定性について。

複製・処理のメカニズムはなんであれ、そのスケールに依存します。複製するたびに大きさが1%増えていたら、いずれはそのメカニズムが働く閾値を超えてしまうでしょう。だから、キャリブレートする必要があるのですが、その基準をどうするかというのが安定性になります。

で、細胞は原子が文字通りatomicであることに依存しています。が、そうでなくともスケールが均一に変わるなら、スケール変化に特に敏感なメカニズムを付加して自爆すればいい。が、原子がまるで剛体球のようにそれぞればらばらに変化したらそれもできない。

するとどうなるか?空間には原子の平均大きさというゆらぎができる。しばらくは問題ない。でも人間みたいなのが出てくると、そのうち、別の粒子との関係が場所によって変わってることや、真空中ではそのような量が定義できない、温度のようなものであると気づく。そしてその影響を補正すれば素粒子と呼べて量子力学が・・・

・・・と書いていて、別にatomicityはどうでもいいことに気づきました。

というわけで、安定性は構造のみから決定できるものではなく、他の量と同じく環境の問題として扱えることがわかりました。

*1:とはいえ、まったく引き込みが起きないわけではありません。

*2:それをすることが必須ではありません。

*3:ところで、これって反証可能ではない言説なのでは?