なぜ主観時間は単方向に流れるか?

これを実時間の非可逆性に求めるのは釈然としない。なぜならそれは検証ができそうにないし、可逆な系内で構築した計算機によりどんな法則の空間であれエミュレート可能だからである。
そこで、可逆で決定的な系の内部における観測者がなぜある種の現象を、その逆の現象より頻繁に見かけるのかについて直感的な説明を試みる。

経験について

まず、見るからに可逆な現象というのが存在する。たとえば複数のビリヤードの球が動いているという状態と、それぞれの速度が逆転していて逆方向に動いているというのはどちらも同じくありうる。

因果関係すなわち時間の方向を認識させるのは往々にして、運動の質が変わる、特に静止する過程である。このとき運動エネルギーは最終的に熱に変換されるが、その逆、つまり温度が下がって突然物体が動き出すというようなことはあまり経験しないのである。これはなぜか?

この先では、イメージしやすい熱の拡散について、分子の振動を格子状に配置された剛体球がバネで接続されているモデルを使って考えてみる。

認識について

「高い温度の物体と低い温度の物体を接触させると、どちらも同じ中間の温度になるが、その逆は起きない。」というような経験が発生する構造を考えてみる。

まずこの経験には、次の三つの要件(a)が必要である。

  1. 「対象」同士、そして「観測者」にあまり結合がなく、別々の物体として、異なる特性を持ちうること
  2. 「観測者」がその内部で情報の記憶・比較を行えること
  3. 「観測者」が対象にあまり影響を与えずに対象の情報を取得できること(認識)

これにモデルから発生する次の三つの要件(b)を合わせて考える。

  1. 「温度」というのは多数の要素の振動の大きさの*1平均値である
  2. 「対象」の内部では、各要素の振動の情報は高速に近傍とやりとりされ、巨視的にはエネルギの保存される拡散とある確率分布に従う振動を示す
  3. 「観測者」を構成する要素は「対象」よりも大きいので、長時間保持される情報量はある瞬間の対象の情報量より非常に少ないこと

これらを踏まえて、接触と認識がどういう現象なのか考える。

接触

接触はそれぞれの側の要素が各々結合されることとすると、a.1とb.2より非常に多くの場合については各物体の振動は全くインコヒーレントで、通常通りの拡散を示す。一方、これを逆転させた過程というのは、二物体から互いに伝搬していく波が干渉して一つの側では大きい振幅を、もうひとつの側では小さい振幅を作り出す状況である。このような場合というのは全体の場合の数に比べると、要素数Nの場合指数関数的に減少する。

認識

「観測者」がb.1でいう温度をa.3のように認識する過程としては、小さい物体(巨視的現象を生じさせるにたる要素数を持つ)を「対象」に接触させた後、「観測者」内部の何らかのフィードバック系により保持と演算を行うことが考えられる。詳細には立ち入らないが、重要なのはb.3より、物体の内部の位相は「観測者」には分からないということである。このため、前節で述べた場合の数の違いは「観測者」には確率として認識されるのである。

主体の種類

「観測者」の性質というのは「対象」とのスケールの違いによって生じる。先の説明は「観測者」が「対象」と同スケールで疎結合の場合に相当する。同スケールで密結合の場合、単に物体の部分となる。また、スケールが異なり密結合の場合というのはエミュレーションの内外に対応する。これでこのモデルを考える「観測者」とその内側の「観測者」の階層が定義されると同時に、それぞれの層の質的な類似性も内包することができる。

*1:二乗の