Scaffold開発日記1: 万能機械に向けて ~ モジュラーロボットの現状と失敗例

万能機械?

ターミネーターの液体金属的なロボットとか、いろんなSFにでてくるナノマシン霧みたいなものに昔から憧れています。

これらの機械の万能性は以下の特徴をもってある程度定義できると思います。

  1. 任意の形状に自力で変形できる
  2. 各部分の機能(力の発生・化学反応の誘導・センシングetc)を任意に変えられる

任意といっても(フィクションの中ですら)技術的な限界がありますが、とりあえず何10kgか万能機械を部屋に放り込んでおけば普通の人間ができそうなこと(道具を使ったり、モノを運んだり)は何でもリモートでできる、という水準にすら達成していないのが現代の人類です。

実在するモジュラーロボット

形状の変化と、それを使った移動についてはモジュラーロボットという分野でそこそこの研究が行われています。

個人的に一番感動したのがMITのM-Blocksで、立方体が飛び跳ねたりくっついたりします。

www.youtube.com

問題がいくつかあって、全てのユニットがモーター・バッテリー・通信機能を備えたアクティブな素子なのでコストが高い(ひとつ数万円)という問題と、立方体がすべての空間を埋めてしまうので付加機能をつける余裕が無いという問題があります。

こういうのは最低でも1000個ぐらいないと面白い形が作れなさそうなのでシンプルな構造で安いのは重要です。

再構成の要素

モジュラーロボットをいくつか見ていると、その実装は以下の二つの機能に抽象化できます。

  1. 1ユニット長以上離れた場所から近づく
  2. 近づいたら解除可能な結合(数ユニット重を支えられる)を形成する

これらの機能をいつアクティブにするかを制御すると形状の再構成ができます。

 

M-Blocksの場合、1は内部のフライホイール+ブレーキ+表面の磁石で、2はElectro-Permanent Magnetで行っています。フライホイールを回してそれに急ブレーキをかけて跳躍、表面の磁石で向きがそろったタイミングを見計らって結合を生成するという動作の繰り返しが基本になります。

Electro Permanent Magnetというのは電磁石の一種ですが、普通の電磁石が常時通電しないと磁力を発生しないのに対して、パルス状の電力をかけて磁化を変化させることで磁力を継続的に発生させるものです(構造上、理想的にはネオジム磁石の半分ぐらいの吸着力がでます)。これは可動部が全くなく切り替えも高速なので(たとえば機械的なラッチ機構に対して)優位な場合もあります。

 

↓の人がモジュラーな構造について博論を書いていて、そのなかに結合方式のおもしろい比較があります。

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http://cba.mit.edu/docs/theses/10.06.knaian.pdf Table 7.1の引用 

歴史: Simplex (2016/9~2017/1)

ここからは私がやったことの紹介になります。

 

とにかく安くしないといけない、ということでアクティブな(通信とかできる複雑な)要素を減らして、パッシブな要素を増やしていこうということで、最初に思い付いたのがこの図のようなアーキテクチャです。

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非通電状態のユニットがいっぱい(理想的には砂のように) 入っている容器があって、そこに専用の杖型デバイス(電力と情報を供給する)を入れて引き上げると、引き上げる段階で結合を行って形状を構成するというものです。

引き上げというユニット長に比べてはるかに大きい動作を人力で行うことで、要素1:離れた場所から近づく が0.5ユニット長ぐらいの引き寄せ(電磁石でできそう)に簡略化できて、2:結合 は低融点合金の融解でできる(電気的なコネクタとしても使える)という目論見でした。

単純な形状のほうが向きの組み合わせが少なくなると思い、正三角形が1ユニット、正三角形4つと8つでできる正四面体と正八面体を立体の構成要素とするのが最初の実装です。

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(ネオジム磁石で結合して手で組み立てた例)

各エッジに円筒型のネオジム磁石(半円側がN、反対の半円がS)が回転可能な状態で入っていて着脱可能です。

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(磁石のおもちゃで様子を見ている図)

四面体と八面体以外は作れないと思っていましたが、正三角形だけでできる立体は

デルタ多面体 - Wikipediaと呼ばれているらしく、いろいろな形が実現できるというのはおもしろい発見でした。

 

正三角形のユニットはミニマルで美しいし、筋はよいと思ったのですが、

  • 直交しない要素が多いとCADが使いにくい
  • 平面を基礎要素とするとエッジの部分にすべての機構を詰め込む必要がある

ということで、立方体を基本要素にしようと方針転換しました。

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(2cm角の電磁石入り立方体)

そろそろ要素1:離れた場所から近づく ができるかどうか試してみようと思ったのですが、電磁石が思ったより圧倒的に弱いという致命的な問題が発生しました。

電磁石-電磁石間なら数cm離れていても大丈夫なんですが、片側は通電されてない状態で、永久磁石を使うわけにもいかないので(永久磁石どうしでくっついて外れなくなる)、電磁石-磁性体で吸着する必要があるのですがこれがすごい難しい。

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 (2mm×7mmの磁石と鉄の磁界シミュレーション)

磁力は磁界の勾配に比例するのですが、見ての通り磁力線は距離に対して4~5乗(精密な値は忘れた)で減衰するので2cmも離れると全く動きません。使える体積が限定されているので、磁石を大きくすれば解決するというものでもありません。

最終的には1cmの電磁石に50Wかけてみてわずかに震える程度だったのでこのアプローチ(電磁石で引き寄せる)は諦めました。電磁石は0.5ユニット長以上では役に立たないというのが収穫です。

 

歴史: Scaffold (2017/2~現在)

遠隔力ではなく、機械的に接触しつつ移動するのが確実だろうと思い、三次元のモジュラーな格子とその中を移動して格子を組み立てるロボットというアーキテクチャに方針転換しました。*1

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立方格子と立方体型ロボット (2017/2~2017/4)

試行錯誤の結果、エッジとエッジ2つを結合するコネクターへの分割ができそうということは分かった(↓)のですが、

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  • 自重を常に支えられて
  • 三軸に移動できて
  • ロッドとコネクターを持ち運ぶ/取付できて
  • 単位格子に収まる

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(部品をCAD上で並べて体積の無さに頭を抱える様子)

磁石の体積と磁力のような物理的なトレードオフの壁に突き当たったというわけではないので、アクチュエーターが10個程度、パーツ数が100を超えるような高度な機械であれば可能だと思うのですが、その当時の私には設計/製作スキルがなかったのと、あとすべての軸に強い力を発生させるのは無駄に感じました。

三次元レール  (2017/4~現在)

1軸にだけ強い推進力を持っていて、他の動作は補助的なアクチュエーターで行うという電車のようなシステムが実績もあってよいのではないかということで、三次元空間を自由に移動できるモジュラーなレールをいろいろと3Dプリントして検討してみました。

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最終的に落ち着いたのが以下の三要素です。

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  • 直進 *2
  • ロール方向90°回転
  • ヨー方向90°×N回転 / 4-分岐

この3要素があれば次のような複雑な三次元構造でも生成可能です。

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あとはレールを持ち運びながらこの上を移動できて固定と取り外しができるロボットを作るだけ(簡単とは言っていない)です。

 

2017年の進捗を2分弱の動画にまとめたので見ると分かりやすいと思います。

www.youtube.com

今のところの感想・展望

理論的には動きそうな機構を考えるだけでも結構大変ですが、実際に安定動作させるには大きさ・信頼性・複雑性の色々なトレードオフがあります。動画を見るとわかりますが、現状ではとにかく全ての動作の信頼性が低いです(レールに引っかかる、ねじ穴の位置合わせに失敗する、etc)。

普通の機械だと大きく重くすることで剛性と精度に関する問題は解決すると思うのですが、レールとロボットが相互に制約を持つので悪循環に陥るケースが多いです。

例えば、ロール方向の角度安定性を上げようと思って、レールを太くする→レール持ち上げ機構が大きくなる→トルクが足りない→モーターを大型化する→重心が偏って角度安定性は改善されない。のようなパターンが頻発します。

 

とはいえ最近はFDMプリンタ(up mini2)とSLAプリンタ(Form2)に加えてCNCフライス(KitMill Qt100)も買ったので、材質の改善でどうにかなるかもしれません*3

今はついにヨー方向の回転(ターンテーブルを自力で回す機構)とロール方向の回転を互いに干渉せずに行う機構を思いついた(↓)ので、地道にフォールトモードを潰していけば動くはずです。

gyazo.com

 

*1:プロジェクト名(Scaffold)は足場という意味ですが、これは工事現場でよく見かける鉄パイプ製の足場をイメージしてつけています

*2:実は"ヨー方向90°×N回転"のサブセットですがシンプルなので残してあります。

*3:Form2は造形精度は非常によく、剛性も許容レベルですが、耐クリープ性がかなり悪いです